
いま、世の中では「サステナブル」や「エシカル」という言葉が溢れています。 革製品の世界でも、「環境に優しい」「持続可能」と謳うプロダクトが増えました。
しかし、その多くが海外から輸入した革や原皮に頼っているという現実を、どれだけの人が知っているでしょうか。
海外から海を越えて長距離輸送され、どこの誰がどう育てたのかも分からない革を使いながら「サステナブル」と謳う。 その一方で、日本国内で食肉となる過程で生まれた貴重な副産物(原皮)が、活用されきれずに安値で流出したり、廃棄になりそうになっている。
この歪んだ現実に、私たちはもっと危機感を持つべきではないでしょうか。
日本の皮革を使わず、海外の皮革を買う矛盾

日本は世界でもトップクラスの品質を誇る畜産国です。 私たちが日々いただく食肉の裏側には、必ず「皮」が生まれます。
命をいただいた以上、その副産物である皮まで大切に使い切るのが、食肉文化を営む人間の責任であり、本当の意味での「循環」であるはずです。
それにもかかわらず、国内のものづくりが海外産の革ばかりを追い求め、足元にある日本の原皮を軽視するのであれば、それは日本の命を捨てているのと変わりません。
遠く離れた国から莫大な CO2 を排出して運ばれてくる革を有難がる前に、なぜ私たちのすぐ足元にある日本の原皮を使わないのか。 「日本の原皮を使わないサステナビリティ」など、ただの言葉遊びに過ぎないと私は考えます。
「日本製を応援して」という言葉の違和感

最近、SNSなどで「日本のものづくりを守るために、日本製を応援してください」という言葉をよく目にします。
もちろん、国内の縫製や職人の技術を守ることは大切です。 しかし、原料が手に入りにくい他の業界ならまだしも、革業界において日本の原皮は国内にあり、手に入らないわけでもありません。それどころか、海外産の革より手頃に入手できる環境すら整っています。
それなのに、素材は海外から買っておきながら「日本製だから応援してほしい」と言うのは、どこか都合が良すぎないでしょうか。
それは日本のアパレルや職人文化を守りたいのではなく、単に「自分たち(自社)だけを応援してほしい」と言っているように私には見えてしまうのです。
本当に「日本製」や「日本のものづくり」を未来に残したいのであれば、自社だけでなく、日本の畜産業からタンナー(鞣し業者)、そして工房に至るまで、サプライチェーン全体(業界そのもの)が巡り、潤う選択をするのが筋ではないでしょうか。
「顔が見える循環」をつくる責任

私たちが直面している問題は、単なる素材選びの話ではありません。 日本の地域と産業のネットワークを本気で守り、未来へつなぐかどうかの問題です。
enrioが埼玉の彩の国黒豚や、国内で育まれた牛革にこだわるのは、単なる地産地消のパフォーマンスではありません。
「どこの農場で育ち、どう革になり、どう仕立てられたか」
そのプロセスに偽りなく責任を持ち、日本の命を日本の技術で価値に変える。 この当たり前で最も誠実な循環を取り戻すことこそが、私たちが日本の原皮を使い続ける理由です。
足元にある素材に、真の誇りを
「海外製の方が高級そうだから」 「昔からそうしてきたから」
そんな曖昧な価値観で、国内の素晴らしい素材を見過ごす時代はもう終わりにしませんか。
海外の革を否定したいわけではありません。 ただ、私たちがまず目を向けるべきは、この日本で生まれ、命を分けてくれた動物たちの原皮であり、それを支える国内の産業全体です。
表面的な「日本製」という言葉に甘えるのではなく、日本の命と業界全体を応援する選択を。 それこそが、これからの時代に求められる真のサステナビリティだと信じています。

